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長い道の果てに - 2014.08.22 Fri

いやはや、もう22日ですが…(^^;
もうほんとにどんな勢いで日々過ぎてくやら…

兄ちゃんが、18日にとうとう入所しました
当日まで、なんか私はイライラしていて
二人でいる時間にハグをして送り出そうと
思っていたけど、どうしてかできなかった

19年間
長くて長くて…本当にいろんなことがあって
母親失格だと何度も思うほど本当にひどい
母親だと思うのに、どうしても優しくできなくて
「脳性麻痺」で言葉も歩行もできない兄ちゃんを
甘やかせずに、ただただ厳しく育ててしまった。
周りの協力がなければ共倒れしてたろうというほど
もう何がゴールなのか判らない状態でずっと
ただただ育ててたかも…
5年間、親元から離して、寂しい思いをさせて
それがよかったのかどうかも今ではわからない

とにかく現実逃避をしただけのようで
なんやかんやと理由をつけてただけのような
毎週、病院に置いてくるときに号泣されて
後ろ髪をひかれて泣いたこともあった
この繰り返しになんの意味があるんだろうって
考えても答えは出なかった
あの頃はでも、「解放された」という自由な時間を
思い切り感じて使っていた。
今は、それは「罪悪感」という感じ方になっていて
手放しで全く思えない。この差はなんなんだろう?

そこから戻ってきた3年間
ほぼ毎日怒りっぱなしで
抱きしめてあげる優しさも余裕もなくて
本気で「いなくなればいい!」と何百回思ったか
それでも、いなくなったら怖いって思いとの戦い

学校が終わって、3箇所の施設通いが始まって
3ヶ月頃に、急に降って湧いて出た入所の話
10年間はどこも入れないだろうと思ってたのに
不意を突かれすぎて頭が混乱
喜ぶべきか悲しむべきか…
電話のあとにわけもわからなく溢れる涙
なんの涙なのか…

落ち着いてから旦那に報告
意外というか納得というか
即決した旦那の判断にまた困惑

望んでたことだけど
でも…
でも…

今度は入院じゃない無期限だよ?

場所は、幸い市内の上にすぐ近く

施設も市内では一番いい環境

創立者もスタッフも技術もしっかりしてる

上を望めばきりがないけど、上等な方だよ

でも…でもさぁ…

そう思ってる自分がいるのに、入所までどうするかを
相談員とさっさと決めていく自分…
あっという間に段取りも決まったし、入所も決定

相談員さんも驚く程のスムーズさ

どちらかといえば、第2希望的なところだったので
利用も少なめだったのをショートを徐々に増やして
1ヶ月半での入所になりました

本人もですが、私も心の準備が出来てきた
期間でもありました。

それでも、入所当日と翌日はどうしても
泣けてしまい
一人で声を殺して泣いていました

ありがたいのは、ママ友が自分のところが凄く大変な
状態だというのに、さりげなくその日の夕方に来てくれて
他愛もない話をしてくれながら、帰り際に
「寂しくて一人で枕を濡らすなよ~」と言い残して
帰って行きました
その言葉で
「あ、そっか。それで来てくれたのか」
と気づきました。そういうさりげないケアをいつも
してくれるママ友の心遣いが本当に嬉しい夜でした
病気は違うけど、同じように障害者を持つ親同士だから
こその気遣いなんだよね…一生の宝です(#^.^#)

それでも泣いてたわけですが。

家族の前では絶対に泣けないからね…

でも、なんで涙が出るのかわからなくて…
自分のしてきたことへの後悔なのか
またも一人で大勢の中に置いてしまった
自由を奪ってしまったことへの謝罪なのか
さみしさなのか。

相談員さんに
「入ってしまったら寂しくなりますね」
って言われたけど
「お互いのためにはいいんですよ。
毎日怒り怒られてるよりは」と答えたけど
相談員さんの言ってたのはこのことかって思います
まさか、私がこんなになるなんてね…びっくりです。

頭ではわかってる。
あのままだときっとボロボロになって
地獄の日々だったって。

だけど、自分が大人になれなくて
抱きしめられない愛情がなさすぎたのかと
彼は、私のもとに生まれたことをどう思ってるんだろう
話ができない彼に、聞くことは一生できない
兄ちゃんは、いつもどんな想いで怒られ続けて
苦しんでたのか…
私が辛い時や喧嘩してたら、いつも気をそらして
空気を変えてたり、笑ってくれる優しい面もあって
支えてくれてたのも育ててくれてたのも兄ちゃんで
子供だったのは私だったのに、傷つけてた
あんなにいい子なのに受け入れなかったのは私
認めてなかったのも私、
あんなふうに生んでしまったのも私なのに
兄ちゃんも誰も責めない

手元から離してしまった後悔と懺悔の涙か

離れたがってたのも私…

それが現実になったら
一番後悔して生きていくんだな。一生…
荷物を下ろすどころか背負わされたのか
これがきっと私が受けなければならない罰

19年間、ごめんね…
何が正しいのかなんてわからない
ゴールかわからない
どうすれば君が幸せになれるのか
探していたつもりだったけど
どうすれば自分が許されるのか
どうすれば楽になれるのかを探してた
君をきちんと抱きしめもせずに
誰かに助けを求めて
誰にも届かなくて…誰にも責められない罪
否定されるのが怖くて、肯定されないと怖くて
向き合おうとしなかった
だから、思うようにしてくれないと腹を立てて
言わなくていいことまで言って
反論しない君を追い詰めて
何度二人でこの世から消えようとしたか
踏みとどまったのは、自分の手でその火を
消す勇気がなかっただけ。
何かにすがりたくてもすがれなかった。
そんな中、19年間も付き合ってくれて
無事でいてくれた。
生き抜いてくれた。

…そっか…
だから、その日がすぐに訪れたんだね
兄ちゃんが兄ちゃんの人生を安全に
普通に19歳の子が巣立つのと同じように
場所が違うけど、社会に出て他人に守られる
安心して生きていける場所を見つけられたのか
きっと、頑張ってくれた兄ちゃんにご褒美なんだね。
ちゃんと私には、自由な時間と引き換えに
今までの償いを心に刻むことで成立した
これからの兄ちゃんの門出なんだね

19年間
長い戦いの終止符
これでつけるかな

かなり心に整理がつきました
読んでくださった方がいるかわかりませんが
心はかなり軽くなりました。
書く事でいっぱいいろんなものを吐き出せて
すっきりしました。
これを書いてる間、かなり涙も鼻水も出ました
今までこんなふうに怖くて吐き出せなかった
向こうのブログには簡単に書いてましたが
ここにはなかなかどうやって書いていいかわからず
書き出したらどんどん出てきて…
GOLDのアルバムを繰り返し聞きながら書いてましたが
どれもこれも歌詞が当てはまってきて
相乗効果なのか心が洗浄されました。
ライブ以来聞いてなかったのに、なんかこれを
聞かなくちゃって思って聞きながら書いて
あまりにもぴったりで、救われました。
こういうメンタルなケアは達郎ちゃんじゃなくて
やっぱ、安玉なのか(#^.^#)

兄ちゃんは今日、3日ぶりにあったけど
元気で、馴染んでいました。
彼は彼なりに置かれた状況も把握して
覚悟したのだと思います。
やはり、大人になったんだろうな。
明日、外泊で帰ってきます。てか毎週ですが。

ここまでお付き合いくださった方がおられましたら
かなりびっくりな内容だったと思いますが
これは、19年の子育ての現状とありのままの気持ちです。
体当たりで傷だらけになりながら私たち親子が
歩んできました。そこに愛があったのかどうか
わからないけど、結果がいまです。
生きててくれてありがとう。
それが今の思いの総括です。
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